REPORT
体験レポート




カンボジア第二の世界遺産プレアヴィヒアへ。


タイとの国境にあるカンボジア第二の世界遺産プレアヴィヒアへ。アンコール・ワットから300年以上も前に、数十年にわたり代々の王様によって造られました。バスの中では、日本語ガイドのポゥキーとともにめぐみさんが初めて訪れた時のお話を聞きました。もともとはカンボジアの領土であったその地には悲しいストーリーがたくさん込められています。
プレアヴィヒアに到着し、お部屋でひと休憩…とはいかず、めぐみさんの発案で最近完成したばかりのプレアヴィヒア博物館へ。なんと我々が最初の団体のお客様!ということで大歓迎されました。見どころいっぱい!綺麗に整備された新しい博物館でめぐみさんのお話を伺いながらプレアヴィヒアの歴史や背景を学ぶことができました。
タイに領土を取られてしまい、カンボジア人がプレアヴィヒアの地に立ち入ることができなかった時期もありました。やっと軍が撤退し、カンボジア人たちが自由に訪れることができるようになった時、めぐみさんはタバコを100箱抱えて軍人たちに配りながら遺跡の階段を上り、慰問をされたそうです。



プレアヴィヒア遺跡は簡単に訪れることのできる場所ではありません。バスからピックアップトラックに乗り換えて急な坂を上ること20分でふもとに到着。そこから緩やかな坂を上り、いくつもの階段を登り遠くの頂上を目指します。


カンボジアの人々にとっての聖なる地。頂上には断崖絶壁が。
眼下には青々と緑の茂った美しいカンボジアの大地が広がっています。美しい雲海を拝むこともできました。


めぐみさんのお話を聞きながら遺跡を見学すると、古代から現代に至るまでのこの地の悲哀を感じることができました。シェムリアップからプレアヴィヒアまでは約3時間半の道のり。バスの中ではほとんど座らずに1990年代の体験をお話されていました。なかでも90年代のまだ病院が無い時代に、デング熱にかかって動けないほど弱っていた時に、出会った踊る祈祷師のお話ではドッと笑いが起きました。
お客様を楽しませたい!喜ばせたい!というめぐみさんのホスピタリティをひしひしと感じます。また、こんなひとコマもありました。90年代に共に旅行会社を立ち上げた方との離婚のお話の時には、その時代を支えてくださったリピーター様から「めぐみさんは悪くない!」という声が上がる一幕も。めぐみさん応援団からの掛け声とともに車内には大きな拍手が。

ガイドたちもお客様にカンボジアをもっともっと知ってもらいたい!と、自身のアルバムを持参していました。マカラーのアルバムには伝統衣装に身を包んだ結婚式の時の写真が。ポゥキーのアルバムには1990年代のめぐみさんとの思い出写真も。皆様との一体感が生まれた1泊2日でした。

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めぐみさんと児童養護施設スナーダイ・クマエへ


最後の訪問地は、児童養護施設スナーダイ・クマエ。施設代表のメアス博子さんにお話をお伺いし、施設内をご案内していただきました。




そして、子どもたちとご参加者様の自己紹介。子どもたちは日ごろ練習している伝統舞踊と歌を発表してくれました。
お礼に皆様は、ピアノの伴奏で手あそび歌を気持ちを込めて贈ってくださいました。

2003年、めぐみさんは日本の児童養護施設で働いていた経験から日本の若者とカンボジアの子どもたちが文化を交流しあえるツアーを企画したいと思い立ち、当時たくさんあった施設をひとつひとつ訪れていました。そして、スナーダイ・クマエを視察した時、まだ20代半ばだったメアス博子さんに出会い、一目惚れしたそうです。施設内にはクメール語で子どもたちへの注意書きがたくさん貼られ、訪問者には必ずアポイントメントを取るようお願いし、訪問時間は1日2時間まで、という厳しいルールを設定して管理運営をしていた博子さん。子どもたちをしっかりと守っていることがよくわかり、一方通行ではない交流ができる施設として確信し、新しいスタディツアーが生まれました。めぐみさんが企画後、10年以上にわたり日本の若者たちとカンボジアの子どもたちが心を通い合える場となっています。めぐみさんは、異文化交流をすることで、カンボジアの光の部分だけではなく、影の部分も見てもらいたい。そこから明るい未来も感じてほしい、という想いをもって皆様をご案内しました。


ピースインツアー・アンコール社にはスナーダイ・クマエを卒院して就職したスタッフが2名います。ふたりとも一所懸命な努力家で子どもたちの憧れの存在です。今では日本語ガイドとして立派に自立の道を歩んでいます。ご縁をつないでいくことの大切さを感じることができました。





めぐみさん監修のランチでカンボジアの食文化を知る


スナーダイ・クマエのメアス博子さんをご招待してのご昼食は、様々な種類のハーブを使用したカンボジア版お好み焼きバンチャエヴ。めぐみさんがこだわりをもって選んだメニューのひとつです。いまでも薬草の効能を信じてやまないカンボジアの食文化を知ることができました。




めぐみさんラストツアーで利用する全てのお店とメニューは、めぐみさんが監修。自ら試食して決めたお料理ばかりで、大皿から取り分けるのは中華料理のみ。それ以外はコース料理でした。そこにはカンボジアにはフランスに統治された時代もあった…というカンボジアの歴史を伝えたいというめぐみさんの思いがありました。どの料理も大変美味しく、皆様にも大変好評でした。


プレアヴィヒアへ行く道中で出会ったおばあさんと子どもたちが売っていたプラホック(魚を発酵させたカンボジアの特産物)。
めぐみさんが購入し、ご夕食の際に皆様にふるまいました。
独特な味わいに次から次へと手がのびてお酒がさらに進みました。どんな時でも出会いを求めるめぐみさん。
自分が好奇心を抱くもの、ワクワクするものを皆様にも知ってほしい!という強い思いが伝わります。


めぐみさんラストツアーの最大の魅力は人との出会い

めぐみさんのビジネスパートナーであるMrビチェの空港でのお出迎えに始まり、ツアー中は全てのガイドが登場しました。ツアー最後の夕食には、めぐみさんのラストツアーならば必ず足を運びます!と、元スタッフで現在はタイとの国境の町ポイペトで国境食堂を切り盛りする古川沙樹さんが登場。パートナーで共同経営者のワンさんが作るその名もワンナッツは、皆様に大好評で30個以上お買い求めになられた方もいらっしゃいました。


あっと言う間の5日間。最後のバスの中ではガイド一人一人がお客様とめぐみさんへの感謝の気持ちを述べました。私から話します!と最初に手を挙げたのはマカラー。めぐみさんと同じで大変よく声の通る快活なガイドです。自分は日本語が下手だったけれど、お姉さん(めぐみさん)がたくさん日本語を教えてくれて、今は皆さんの前で話すことができています。嬉しいです!と胸をはって堂々とお話しました。そしてモニー。唯一ポルポト時代を生き抜き、その時代の凄惨さを語ることのできるガイドです。めぐみさんは厳しいけれど優しい人、自分は本当に感謝しているという気持ちを実直に伝えていました。
最年少のサヴィ―はめぐみさんから教わったことを今後に生かして頑張りたいという抱負を語りました。パナーはめぐみさんが小料理屋を作ったら、僕がウェイターをやります!と宣言。バス車内からは拍手が。ほっこり和んだ瞬間でした。高校時代からめぐみさんが面倒を見ているポゥキーは、めぐみさんのことを2番目のお母さんと呼んで、心から溢れ出る感謝の思いを伝えていました。
最後はシーダエ。ラストツアーで日本からめぐみさんと一緒にツアーの皆様に同行した彼女からは、パワフルなめぐみさんを目標にしていることと、皆様にはまた是非カンボジアへ来てほしいという思いを伝えました。最後のご挨拶には、大好きなめぐみさんの新たな旅立ちを応援したいというガイドたちの思いが込められていました。

<カンボジア現地ガイド>


こんなにもカンボジアを愛し、カンボジアに愛される日本人は他にはいません。カンボジアへの愛がたくさん詰まっためぐみさんラストツアー。
スペシャルだらけのこのツアーを一度で終わらせる事なんて出来ません。魅力あるこのツアーをもっとたくさんの方々に知っていただけるよう、第2弾を是非企画したいです。今回ご参加出来なかった方、もう一度めぐみさんと一緒にカンボジアを訪れたいという方、初めてのカンボジアを丸ごと楽しみたい方、大塚めぐみさんと共にカンボジアの地を訪れてみませんか。

最後になりましたが、今回ご参加された皆様、素敵な時間をご一緒できて幸せでした。本当にありがとうございました。また是非カンボジアへいらっしゃってください。
(写真・文:オークンツアー 横須賀 愛)





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