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お客様の旅日記

第7回:時の流れを想うスタディツアー ~22年ぶりのミャンマーひとり旅~

NPO法人ふろんてぃあタウン工房 藤田直人様



2017年春に企画した「ミャンマー・スタディツアー」は、一人旅でのスタートとなりました。実は22年前の1995年の正月休みにミャンマーに行ったことがあり、この時も一人旅でした。日程はどちらも10日間、発着空港が成田と羽田で違うがバンコク経由のミャンマー行は同じです。偶然にも、22年前の航空券の手配もピース・イン・ツアーでした。



今回のスタディツアーは、ビクトリア山トレッキングと伝統織物に触れるツアーとしてPRしていましたが、それにミャンマーの22年の時の流れをスタディするというもう一つのテーマを加えて、記憶をたどりながら昔と変わったこと・変わらぬものについて想い巡らし、新たに訪れた地域で感じた魅力を綴る「旅日記」にしてみました。

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Ⅰ.二つの旅の比較感想

※ピース・イン・ツアー手配分は黄色の部分
 
 今回(2017年)の行程 22年前(1994~95年)の行程

4/21

羽田発0:20
スワンナプーム空港(バンコク)経由
ヤンゴン空港着8:50
【ヤンゴン泊】 
12/31 成田発18:30
ドンムアン空港(バンコク)着23:40
【バンコク泊】
4/22 ヤンゴンからバガン(ニャンウー空港)へ
終日レンタルサイクルでバガン遺跡観光
【バガン(ニャンウー)泊】
1/1 終日バンコク市内観光
【バンコク泊】
4/23 バガンから専用車でカンペレッに移動
【カンペレッ近郊泊】
1/2 タイからミャンマー(ヤンゴン空港)へ       
【ヤンゴン泊】
4/24 ビクトリア山トレッキング
【カンペレッ近郊泊】
1/3 ヤンゴン市内観光
夕方夜行列車でマンダレーへ移動
4/25 カンペレッから専用車でバガンに移動
夜行バスでヤンゴンへ移動
1/4 早朝夜行列車でマンダレー着
終日マンダレー観光
【マンダレー泊】
4/26 早朝夜行バスでヤンゴン着
バスでパアンへ移動
【パアン泊】 
1/5  イラワジ川・フェリー(スローボート)でバガンへ
【バガン泊】
4/27 パアン郊外洞窟寺院観光一日ツアー
【パアン泊】
1/6 終日レンタサイクルでバガン遺跡観光
【バガン泊】
4/28 バス等でキンプンへ移動
チャイティーヨー(ゴールデンロック)観光
【キンプン泊】
1/7 バスでタージィー移動
夜行列車でヤンゴンへ移動
4/29 バスでヤンゴンへ移動
午後ヤンゴン市内観光
【ヤンゴン泊】
1/8 早朝夜行列車でヤンゴン着
半日市内観光
ミャンマーからタイへ
【バンコク泊】
4/30 ヤンゴン空港発9:50
スワンナプーム空港経由
羽田着21:10
1/9 ドンムアン空港(バンコク)発6:40
成田着14:10

20年前の旅の記憶は、すっかり曖昧になっており、今回の旅行に前後して、過去の写真や日記(未完成)を見直した上での感想です。

当たり前ですが、色々な景色が大変に変化しているということです(※20年もたてば、日本も結構変化していますが)。


前回の旅の一番の記憶は、ヤンゴンのダウンタウンでも夜は暗く、真っ暗な中に沢山の人々がうごめいていて、非常にわくわくした気分になったことだった。その他は、朝晩が非常に寒かったことで、寒さに震えたこと(※これは旅行する時期の問題ですが)。また、全ての宿泊場所でお湯が出ないシャワーだったこと。異国の田舎で土の道を自転車で走ったこと(今回も同じ経験)。イラワジ川が、全く自然のままだったこと。バスで降り過ごし(今回もあったが)、ヒッチハイクしたこと。物価が安かったことなどが、記憶に残っている。ほとんど全てと思われるほど男性はロンジーとサンダルだった(今回は、特にヤンゴンでは、そうでない人も増えたかもしれない。)。


写真で見比べてみると、車やバスは新しいものが大半になっている。ただし、バスについては日本の古いバスがまだまだ現役で沢山走っていて、特に地方ではそうだった。シュエダゴォン・パゴダ本体の金ぴか度合いは前回より上がっている感じで、更に、周りの小さい建物も一部黄色から全体金色に。

シュエダゴンパゴダ(ミャンマー・ヤンゴン)
▲1995年のシュエダゴン・パヤー
 

屋根の色が「銀&赤」から「金&緑」に。ヤンゴン市内だとタナカをしていない女性も多かった。日本大使館は、建物が増えていたこと、目の前の通りの交通量が多かった。バガンは、ずいぶん印象が違っている。まずは、人が沢山いたこと。仏塔前に店があること。樹木が増えたこと。寺院内の仏像がきれいになっていた。

 バガン(ミャンマー)
▲1995年のバガン


▲1995年のアーナンダ寺院(バガン)
 

ヤンゴン街並みは、巨大な新しいビルなど建築が進んでいるが、ダウンタウン(インド人街や中国人街)に限れば、前回同様に古くからの街並み(更に古くなっている)も残っており、そちらは生活感満載で歩いていて楽しいのは前回同様だった気がする。ただし、夜の町はもちろん街灯がしっかりあり、暗くなかった。


なお、ダウンタウン以外は、空港への往復の時に見ると、本当に新しい建物が沢山だったし、建築中の建物も増えている。列車(環状線)からも古くからの集合住宅も沢山見られたが、同様に新しい、または建築中の集合住宅も沢山見られた。


お金については、前回は強制両替があったが、もちろん今回はなし。ただし、宿泊費や交通費などでは、米ドルが使えることは変わりなかった。300$⇒300FEC(外貨兌換券)。1$=1FEC=100k。今回は空港での両替では、1$=1,346k。チャットの代わりにドルで払おうとすると、1$=1,000kが相場だった。その上で、物価は、金額的にはホテル代が上がっているのかもしれないが、設備面などを考えると変わっていないのかも。ただし、高いホテルはものすごく高くなっている。


飲食面は、前回、ちゃんと飲食していなかったようで比較しにくいが、大幅な物価上昇は感じられなかった。まだまだ、日本からの旅行者にとってはとっても物価の安い国と感じられる。※前回のビール代が分からないのは、大切な比較対象が不足している感じ。

 

Ⅱ.今回のツアー日程

1日目:4/21(金)

羽田空港を深夜に出発し、スワンナプーム空港(バンコク)で乗換えて、同日の朝にヤンゴン空港に到着。バンコクのスワンナプーム空港は初めてだが大きくて立派だ。昔はドンムアン空港だった。ヤンゴン空港もきれいな空港だった。まだ拡張工事が続いる様子。ちなみに、日本とタイの時差は-2時間で、タイとミャンマーの時差は-30分なので、日本とミャンマーの時差は-2.5時間。

空港内で両替(100$⇒134,600k)したがかなりの札束だ。空港タクシー(8,000k)でダウンタウンのホテル前まで30分程度で到着。休日で午前中のためか評判の渋滞はなかった。


午前10時前にチェックインで初日から一日観光可能。初日は市内を徒歩でブラブラ。道路横断が大変。途中、スーレーパヤーや古い街並み、新しいビル、アウンサンマーケットを眺めながら、初日の唯一の目的地のシュエダゴォン・パゴダ(パヤー)へ。きらびやかな印象は変わらない。沢山の参拝客で賑っている。靴を脱いでの参拝なので足が暑い。


▲シュエダゴン・パヤー(ヤンゴン)


その後、前回の写真にあった日本大使館を見に行き、ホテルへ。夕方、また街歩き、インド人街や中華街など古い街並みは昔のままのような気がする。でも明るい。ビールが旨かった。

2日目:4/22(土)

通りでホテルのにいちゃんに拾ってもらったタクシーで、日の出前でまだ暗い市内から空港へ。国内線を利用してバガンへ1時間のフライト。着陸時は沢山の仏塔が目に入る。空港で入域料20$(5日間有効)を購入しタクシーでホテルへ。この時期は観光的には閑散期、ものすごく暑いらしいが、昨晩も雨が降り、今は過ごし易いと運転手さんが教えてくれた。


朝8時過ぎにホテル。昔の記憶を呼び起こし、早速ホテルで自転車をレンタル(3,000k)して遺跡巡りへ朝9時出発。地球の歩き方でおすすめ度★★★の仏塔等を中心に観ながら気分良くサイクリング。なお、今の遺跡巡りの主役はレンタバイクのようだ。現地らしき人に混じって観光客もバイクばかり・・・。自転車派はかなり少数。修理中の仏塔等が目立つ。2016年の地震の影響か。


20年前の写真との違い、人も仏塔等の周辺の店も多い。樹木がよく茂っている。仏像や仏塔等はきれいにされている。20年前と変わりなく、エーヤワディー(イラワジ)川は緩やかに流れる。非日常世界で楽しい気分。13の仏塔等を巡りクタクタになってホテルへ。夕方は停電や強い雷雨。雨が強くて食事出るのに困ったくらい。この日もビールが美味かった。 


▲シュエグーヂー寺院から(バガン)

 
▲バガンの寺院内

3日目:4/23(日)

今回の旅行のハイライト、ビクトリア山トレッキング。8時にホテルに迎えに来てもらって出発。日本語ガイドは、バガン在住のイェ・ルィン(本人がカタカナで書いてくれた)1960年生まれ。バガン郊外の村の出身。苦労したらしく、10年ほど小学校教師をやって、独学で日本語を勉強して10年前からガイドをやっているとのこと。車は4WDでなく、快適なトヨタハイエースデラックス。ドライバーはチョチョ(たぶん)さん。




▲ソウでの昼食(ミャンマーカレー)


大まかな行程を車内で説明受け、快適なドライブ開始。この時期の畑は未耕作で、6月以降に耕作開始で、ピーナッツやゴマなど作っているらしい。

最初の目的地はチャウ。郊外石油採掘で発展した街とのこと。今も工場があるが、イギリス時代から。イギリス人は、手前のシングーという町に住んだらしい。当時の建物(黄色)がいくつか残っていた。現在も石油採掘中(国営)。いくつもの石油井戸が目に入る。


1時間ほどでチャウに。ここには、川に西側の遠くはカンペレッからも買い物に来るとのこと。市場を少し散策。古い日本車が活躍している。イェさんの雨具購入(18,000k?)のため衣料店にも寄り道。料金ゲートを通りエーヤワディー川の橋を渡り、紅茶タイム。川の西と東では全く違うとのこと。東が良くて西がダメな感じらしい。


10時過ぎに再出発し、平野から丘陵地的な地形、山の地形を快適に走行。オークの植林。山道も拡張工事は進んでいる。工事中の人に道路確認しつつ、多少荒れているが4WD不要の道を進む。何度か集落に入るときに入場料を徴収される。
途中、ガイドのイェさんが、犬を連れて歩いている子供を見て、「あれはカメレオン見たいな動物を取っている。暑いこの時期に雨が降った時だけ穴を掘って捕まえる。焼いて皮を剥いてネギやトウガラシとミンチして揚げて食べると美味い。」子供時代を思い出すそうだ。

ちなみに、ミャンマーでは車に乗ると大変違和感を覚える。なぜなら、右側通行だが、過半以上(バスも含む)は右ハンドル。地元の人や慣れているが、ものすごく違和感あり。イェさんに聞くと慣れているから運転は大丈夫(当たり前か)。イギリス植民地だったので、その昔は日本同様に左側通行だったが、1回目の独立の時に右側通行に変更したらしい(2回イギリスの植民地になったとの話?)。


13時前にカンペレッの山麓のまちソウへ。昼食で今回初めてのミャンマーカレー。野菜のおかずが一杯。カレーは珍しいナナという牛。自然の牛と言っていた。普通の牛より柔らかいらしい?


▲日本語ガイドのイェさん(右)と運転手チョチョさん


ソウを13時半過ぎに出発し、山の登り道へ。30分くらいでチン州に入り、その後少しで、カンペレッへ。途中チンの刺青した女性を目にした。

ホテルに14時半到着。ちょっと涼しいかな?夕方は、カンペレッに降りて行って紅茶と少し散歩。夕食は当然ミャンマーカレー。電気は話どおり18~22時。でも暑いお湯は有難い。夜はかなりの雷雨だったが、その後は星も見えていたが。


4日目:4/24(月)

4:30頃に建物叩くような強い雨風で目を覚ます。5:30頃には雨は小降りになるが、風はますます強くなったよう。6:00前に電気点灯。ベンガル湾に台風がいるので、時期的に珍しいが、雨が降るとのこと。朝食はFriedNoodle。昼の弁当はFriedRiceにした。


8:20ホテル出発。登山のガイドのドゥォーリさんを一人追加。普段はホテル働いているらしい。SkyPaleceVilla通り過ぎ、最後の村をぬけ、山道を登っていく。「NATMA TAUNG NATIONAL PARK」と「ASEAN HERITAGE PARK」の看板あり。

登山口に9:10到着(通り過ぎそうになる)。風が強く小雨も混じっている状況で、お弁当は車に置いて、9:15出発。土の車道歩き、ガイドが登山道らしき道に行こうとするとイェさんは山道が苦手なようでひたすら車道歩き。30分くらいで風も雨もやんだ。晴れ間も多少出てきて、時々日も差してきてだいぶ気分良くなってきた。遠望は利かない。二人乗りや三人乗りのバイクには何台か抜かれたり、下りてくるバイクをやり過ごしたり。


10:00前にISUZUのBIGHORNに抜かれたが先で止まって数人の人が写真撮影。追いつくと、ヤンゴンの南の方の町(名前は失念)からのミャンマー人の観光客。何故か記念撮影。そこから10分ほどで最初の湿地。そこに2頭の牛を引く人。この牛が昨日食べたナナらしい。

10:30に前方の眺望が明けたところで、ビクトリア山が見えた。まだ、天気は良い。花はあまり咲いていない。その後は少しずつ空模様が悪くなり、残念ながら車止めに11:00頃到着した時には雲に覆われてしまった。そこから10分程度歩くと山頂だったが、霞かかって幻想的なだけ。

楽しみにしていた山頂は、何も見えない残念な結果になった。車止めまでバイクで来れば、山頂での眺望が拝めたなあと・・・。


 ミャンマーのビクトリア山
▲ビクトリア山


▲ビクトリア山頂


20分ほど粘ったが霞は晴れそうにないので、がっかりしながら下山。下山途中から眺望は多少改善したが、山頂付近はずっと雲の中。ショートカットのためのようだが、下山は登山道を多少歩けたのは、良かった。13:20登山道口に到着。車で弁当のFriedRice食べて、14:20ホテル着。本当に残念なビクトリア山歩きであった。


もどった後はカンペレッへ。公園事務所へは、事務所の写真を見せて多分ここだろうというところへ。前回対応してくれたオ・マセインさんとガイドのアウン・ティーさんはもういないらしい。事務所の責任者のTACIN  LWINさんに訪問趣旨の説明し、前回のお礼をして感謝の印として完成した地図を贈呈した。更に同様な日本人がまた訪問するかも知れない旨も話をした。地図の一部は、オ・マセインさんに渡してもらうようにもお願いした。


その後、カンペレッの町の店先で手織物している人を見つけて、寄って見せてもらった。ホテルに戻った後、上の村まで独りで散歩した。18:30頃からか強い雷雨と強風。食堂まで行くのにもビショビショで更に食堂も雨漏り。深夜には、止んだ。


 
▲カンペレッ公園事務所


▲カンペレッの手織物
 
5日目:4/25(火)

朝食後にも、再び上の村まで散歩。前日に行かなかった村の一番高いところにある教会(建設中)まで歩いた。9時過ぎに出発し、バガンまでの帰路へ、モヒンガーが食べたいとリクエストしたら、ソウでスープ無タイプの美味しいモヒンガー(米を生で砕いてペーストを作るらしい。普通は、米を発酵させてペーストを作るらしい。)が食べられた。



▲ソウのモヒンガー


往路に寄ったエーヤワディー川の橋の手間の店で紅茶して、バガンには14時半頃に到着。一番大きい大仏のあるというマヌーハ寺院だけ寄ってもらって、時間が遅くて何件か断られながら、何とかオールドバガンで最後の昼食。もちろんミャンマーカレー。


夜行バスまで時間があるので、迎えに来たもらったホテルまで送ってもらった。そこで夜行バスの会社にバスターミナルまでの行くためにピックアップしてもらえるように連絡してもらって、16時前に解散となった。

その後は、ホテルに荷物預けて、ニャンウー(バガン)の街歩きしてエーヤワディー川眺めながらビール飲んだりした。夜行バスは3列で快適だが、道路の状況はあまり良くないようで良く揺れた。ちなみに、バスターミナルは新しかったが、停電した中の出発だった。22時半頃にドライブイン的なところに30分ほど停車。皆さん夕食を食べていた。その後23時頃に出発すると、何と飛行機のように車内で食べ物(メロンパン等や飲み物)が配膳された。

6日目:4/26(水)

ヤンゴンの巨大なバスターターミナルのAunMingalarHighwayBusStationに5:45到着。次のパアン行きバスは8:00だが、バス会社の場所の案内が一切なし。ちょっと探したらバス会社が偶然見つかった。時間が無い時は大変だ。モヒンガーと紅茶(600K)で満足し、きれいなバスでPITスタッフのお勧めだったパアンへ。5時間半くらいのバス旅。車窓の変化も楽しい。パアンも川沿いの町でのんびりしていた。郊外には特徴的な形の山があり山頂には仏塔が。エアコン無の安ゲストハウスだが、テラスから川を見ながらのビールは気持ちいい。

7日目:4/27(木)

今回旅行のハイライト2つ目のパアン周辺洞窟寺院巡りTaukTaukツアー。7か所の洞窟寺院等を1日かけて巡る格安ツアーで、今回の同乗者はアイスランドとフランスの人だった。多少英語を話す陽気な運転手が良かった。

ゆっくり進むトゥクトゥクならではのローカル気分一杯のツアーだったが、疲れた・・・

洞窟寺院はそのものも興味深かったが、鍾乳洞的要素もあり、そちらの趣味があれば更に興味深かったかも。期待していたKyaukKaLatTempleが池の大工事中でちょっと興ざめだったのが残念。夕方は再びゲストハウステラスでビール!




▲チャウッカラッ寺院(池工事中)


▲Kaw Ka Thaung Cave


▲KawtGoneCave

▲Ya Thay Pyan Cave



8日目:4/28(金)

夜中から停電でファンが止まり蒸し暑く寝られない。パアンからバスでチャイトー。そこからバイクタクシーで山麓の町のキンプン。今回旅行のハイライト3つ目のチャイティーヨー(ゴールデンロック)へ。


ホテルにチェックインしてモヒンガーで腹を満たし、トラックバスで山頂へ。沢山のミャンマー人の参拝者がいた。そういえば、ヤンゴン空港からのタクシーの運転手さんもここに来た満面の笑みとゴールデンロックを自撮りした?写真をスマホで見せてくれた。ゴールデンロックは神々しかった。皆さんが熱心に祈っていた。

なお、男性だけが岩に触れることができる。GoldLeaf(金箔)を購入して張り付けた。本当に少しだけしか接していないのに落ない岩、不思議。





▲チャイティーヨー(ゴールデンロック)


▲チャイティーヨー(ゴールデンロック)

9日目:4/29(土)

キンプンからヤンゴンへバスで移動。バスステーションからダウンタウンへはタクシーというのが一般的だが、時間があるし渋滞は嫌いなので、30分歩いて鉄道駅へ(そんな人は一人も居そうにない)。ちょうど出発前の列車に間にあった。

ヤンゴン中央駅までは1時間くらいかかったが、200kと格安。空港のすぐ横を通過。ヤンゴンの日常生活がちょっとみられたようで楽しかった。鉄道は古い日本の車両だった。

ミャンマー最後の夜、飲み屋風の店でビール。生ビールが安い。最後の食事はインドカレーだった。

 

10日目:4/30(日)

空港まではタクシー。朝早かったので渋滞なし。結局、噂のヤンゴン交通渋滞は経験しなかった。行き同様スワンナプーム空港経由で21時過ぎに羽田空港到着。

Ⅲ.感想(旅のまとめ)

デジカメ(スマホでないことがちょっと恥ずかしい)なので、日記帳替わりに沢山撮影し、時間などの確認が後日できてよかった。そういえば、ミャンマーでも皆さんスマホだった。カンペレッでも。なお、食べた物は、映像に残しとくと大変楽しいです。今回は、もちろんミャンマーだからミャンマーカレーだが、何と言ってもモヒンガーで、安くて(300~500K。空港では1800k)外れなしで重宝した!なお、英語メニューに必ず記載されているので困ったときにFriedRice又はNoodleになった。

ヤンゴンは、どんどん新しい大きなビルが建築中。車の多くは走っている。基本的に、車の間をぬって道路を横断するが、これが結構怖い。地元の人を見つけて後ろについて横断した。なお、大きな交差点には時間表示でている信号があり、歩行者用は無いが、横断するのに助かった。そういえば、信号は見た限りはすべてLEDになっているようだった。日差しが強いので見やすくてよかった。パアンはTaukTaukツアーが非日常で遠くにきた感じ満載で楽しかった。街ものんびりで気分良かった。チャイティーヨーも良かった。ミャンマーに来たという気分になった。

まだまだ、見どころがありそうなので、またミャンマーを訪問してみたい気持ちになっている。